「かんれき幹事」     八ヶ彦 

 

 「ウソ―! ネコババ呼ばわりはひどい」
 高校の同期会幹事として、ホテルの担当者と料金の交渉をしていた時のことだ。料金設定は、料理をどれだけ人数分より減らせるかがポイントだ。「食べ残しが減れば、環境にもいいじゃないね〜」と同行した幹事も賛成してくれた。すると、ホテル側から「料理が少ないと、幹事がネコババしたと思われますよ」との発言が飛び出したのだ。「ホテルの名前に傷もつかないし、幹事はむしろ皆から感謝されるはずよ」「そうだ、そうだ!」早々に帰宅して、ほかの幹事達にこの一件をメールする。すると、憤慨の声が次々に届き、勇気凛々。翌日、担当者を飛び越して副支配人と再交渉を行うこと にする。「20年ぶりの高校同期会なので、会費を抑えて大勢の参加者を誘いたい」と、趣旨の説明をし、その結果、快く我々の予算で了解が得られた (^^)。

 「亡くなった人を名簿に物故と記載するだけでは顔が思い出せない。せっかくの同期会だから、卒業アルバムの顔写真を会場で映してほしい」この要望に対しても私は頭を抱えた。すると、「夫がビデオの仕事だから任せて。どうにかするから」一人の幹事のこの一言で、またもや問題解決 (^^)。 

 同期会開催の発端は、前年(平成15年)夏、母校野球部のまさかまさかの甲子園初出場という快挙であった。映像には試合の模様や、思い出に残る校庭の満開の桜並木も加えることにし、桜前線予報にやきもきしながら撮影に出かけたりもした。さらに「BGMもつけたいね」となり、メモリアル、校歌、そして フィナーレには流行の森山直太郎の「さくら」と即決定。幹事一同、にっこり (^^)。 

 さて、平成16年5月、当日は3名の恩師を始め120名が集い、今までの苦労が吹き飛んだ。同期生400名のうち250名の住所録を配布したり、晴れ舞台でのクラス毎紹介と盛り上がり、なかでも苦心の映像は感動を誘ったようだ。今ではこDVDは私の宝物となっている。ーー その後、テニス部の旧友と湯河原へ一泊旅行やサクランボ狩りなど、学校時代にはなかった新しいグループの輪が広がっている。

 あれから一年半。今年、平成17年10月、大田区蒲田にある中学校の同期会が無事終了した。中学高校と同窓の友人から幹事を依頼され、還暦でもあり、 再度、一肌脱ぐことになったのだ。卒業以来の初めての同期会だったので、広島や大阪からの先生方をお迎えしたり、街なかで交通の便も良いので、会場のほ か校庭での記念撮影も取り入れた。出席者は55名。一時会は3時間、二次会も延長の3時間……。余韻が覚めやらず、閉会するのに苦労した。高校同期会と 比べ半数の参加者だが、それはそれでクラス会のような密度の高い雰囲気であった。

 現在、お礼の葉書や電話がひっきりなしに届いている。それが毎日の元気の素になっているようだ。花の還暦、万歳!

 

八ヶ彦さん・・・
1945年生れ、東京在住
農のいろは塾にご夫婦で参加
趣味はウォーキングとそば打ち。


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